年齢を詐称した参加者の1人が、事後そのことがばれ、最終予選まで行っていたのに失格となった。(シーズン1)
フロリダに住む50歳の男が、応募資格を16歳から24歳までと限る募集要項に対し、年齢による差別は憲法違反として番組を訴えた。(シーズン2)
すばらしい容姿と声量、実力を持ったフランシー・デイヴィスが、インターネット・ポルノ出演の経験を隠していたとかで、これまた実力からすれば最終選考に残るのはほぼ確実だったのにもかかわらず、失格に!ポルノ云々よりも、ある意味で既に芸能界にデビュー済みだったことが問われたらしい。豪放磊落なデイヴィスには既に多数のファンがついており、デイヴィス復活のためのe-署名運動を求める運動にまで発展したが、FOXの意志は固かった。(シーズン2)
シーズン2(03年)の初回放送分視聴率はスーパーボウルと大リーグのワールドシリーズを除き、FOX開局以来最多の視聴者数となる約4000万人(シェア30%)を記録。以後も平均約2920万人の視聴者を記録。最終回はシーズン1の約2倍の視聴者に。
シーズン3、4はUSで放送された番組の中でもっとも高い視聴率のシリーズ番組となった。視聴率年間No1それが新参者FOXを現在全米NO1の局に押し上げた(テレ東が日テレ抜いた感じ?)。ドラマが平均4-5のところ、毎回11%!
シーズン4(05年)の全米放映での広告収入は、約4億4000万ドル(約460億円)で、30秒のスポット広告の単価が平均約60万ドル(約6300万円)と破格値になった。
シーズン3(04年)で髪を七三に分け、チャイナ服というスタイルで登場した香港系米国人の大学生ウィリアム・ハン(当時21歳)が、あまりのズッコケぶりに審査員からパフォーマンスを制止されたにもかかわらず「ベストを尽くしました!」と言ってのけた姿が人気を呼び、CDデビューを果たす
毎回何百万件という数の投票。結果は視聴者の電話投票に因っているのだが、毎回何百万件という数の投票があり、しかも放送する毎に段々増えていく。番組が終わった後2時間くらいの間がそのコールの時間帯なのだが、PCを使って自動で何度も連続で電話してくる奴等が結構いるそうだ。何百万件の中の何万件かくらいがそういう者らしいのだが、別に番組自体も組織票を排除してないので、出演者の親類縁者はとにかく電話をかけまくっているらしい
2次予選まで残っていたジャレッド・ニール・アンドリュースが、予選に通ったことを祝うために友人と一緒に町のバーに繰り出したものの、そこで喧嘩となって、中年の男を殴り倒した。男は道に転倒し、しかも打ち所が悪かったために、その後死亡した。アンドリュースは逮捕された。(シーズン2)
コーリーが昔、家庭内暴力をふるって逮捕されたことがあることが暴露された。なんでも妹を殴って、駆けつけた警官相手にも暴れたらしい。もちろん番組製作者はこういうことがないように事前に調査をするわけだが、ファイルされていた調書のスペルが間違っていたため、気がつかなかった。(シーズン2)
記録をいくつも塗り替えた「American Idol」の最初の栄冠がシーズン1のセミセミファイナル。初回放送からぐんぐん上り続けていた視聴率が、ついに全米の週間視聴率で1位、翌日の結果発表が2位になった。ここから怒涛のように視聴率ナンバー1のお化け番組となり、最終回は3500万人が視聴。
USではトリノオリンピックのハイライト、フィギュア・スケートよりも同じ時間に放送された“アメアイ”の視聴率の方が高かった。
シーズン1は1万人の応募者が、だんだんと増え、シーズン2からは毎回5万人を、そしてシーズン4では全米7都市から10万人応募があった。
番組中に流れたダニエル・パウターが歌う「バッド・デイ ~ついてない日の応援歌」は2006年の洋楽No.1ヒットとなった。
いくら歌が好きとは言え、所詮は素人。中には大勢の前で歌った経験の乏しい参加者も大勢いる。心臓が強くない参加者は、時には歌の時に声が震えたり、階層を間違えたことがありありと視聴者に伝わってしまったり、実力を出せないことも。しかも歌を歌った翌日の、居残りを決める結果発表の時には、ストレスのために緊急入院を余儀なくされること参加者もいた。
シーズン1の優勝者ケリー・クラークソンがグラミー賞を2部門で受賞。