監督:エドワード・ズウィック
Edward Zwick

 デンゼル・ワシントンのアカデミー助演男優賞、撮影賞、録音賞受賞の「グローリー」(89) は、南北戦争中に黒人ばかりで組織された北軍第54連隊の悲壮な戦争実話を映画化。特にラストの戦争シーンは圧倒的だった。
 95年アカデミー撮影賞を受賞した「レジェンド・オブ・フォール/果 てしなき想い」は、今世紀初頭から60年間にわたりモンタナのラドロー一家がたどった家族の壮大な叙事詩で、ブラッド・ピットをトップ・スターに押し上げる。
 ハリウッドが初めて湾岸戦争を本格的に捕らえた「戦火の勇気」(96) など寡作だが、ビッグ・スケールのエピック・ドラマと、社会性の強い作品を作ってはNo.1監督という定評を得ている。
 イリノイ州ウィネトカ生まれ。ハーバート大学卒業後、ロックフェラー・フェローシップの奨学金で海外研修を受ける。その頃、ヨーロッパでウディ・アレンが撮影していた「愛と死」を手伝っている。
 75年、アメリカ・フィルム・インスティテュートに入り、76年に短編“Timothy and The Angel”でシカゴ映画祭の学生映画部門の一位に輝きテレビ界に入る。
 TVシリーズ“thirtysomething”“My So-Called Life”の共同クリエーターとしてエミー賞を受賞。ヒューマン・プライズ賞、アメリカ作家協会賞、アメリカ監督協会賞にも輝いている。
 TVムービー“Having It All”(82) 、エミー賞受賞 “Special Bulletin”(83) をへて、86年にデビュー直後のデミ・ムーア主演の「きのうの夜は…」で劇場映画の監督デビューを果 たす。ほかにメグ・ティリー主演「フォーエバー・ロード」(V・92) がある。
 マーシャル・ハースコビッツとベッドフォード・フォールズ・カンパニーを設立。ハースコビッツが監督した“Dangerous Beauty”を製作。新作“Shakespeare in Love”の製作総指揮も務めている。

ストーリー/共同脚本:ローレンス・ライト
Lawrence Wright

 ニューヨーカー、ローリング・ストーン、テキサス・マンスリー誌などに執筆。92年にはニューヨーカーのスタッフとして参加。ジャーナリスト、作家として活躍。
 著書も“City of Children”(ニューヨークの慈善団体の物語) “New World:Growing Up with America 1960-84”(ケネディ暗殺とベトナム戦争時代のダラスを回想) “Saints & Sinners”(宗教指導者のプロフィール集) “Remembering Satan”(全国雑誌賞ほか受賞) “Twins:Genes,Environment,and the Mystery of Identity”と5冊ある。
 シドニー・ポラック、ジェーン・フォンダ、オリバー・ストーンと映画の仕事もしている。

脚本:メノウ・メイエス
Menno Meyjes

 最初のシナリオはスティーブン・スピルバーグ監督「カラーパープル」(85) 。第1作でアカデミー脚色賞にノミネートされる。
 スピルバーグの「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」(89) ではストーリーを書く。
 “Lionheart”(87) 「リコシェ」(91) “Foreign Student”(94) があり、自作のシナリオ“Manolete”で監督に進出する。
 オランダ出身で、大学でヨーロッパ中世史を専攻し渡米。サンフランシスコのアート・インスティテュートで4年間映画を学ぶ。映画化はされなかったが、13世紀の十字軍を扱ったシナリオを読んだスピルバーグに認められ幸運なスタートを切る。

 

製作:リンダ・オブスト
Lynda Obst

 女性ジャーナリストとして、映画プロデューサーとして近年めざましい活躍を見せ、ヒット作も多い。
 97年のヒット作「コンタクト」では製作総指揮を取りスケールの大きいSFを手掛けたが、今回はジャーナリストの視点からさらに話題と問題提起をふくむ秀作を放った。
 ポモナ・カレッジ卒業後、“ザ・ローリング・ストーン・オブ・ザ・シクスティーズ”の著者兼編集者になり、“ザ・ニューヨーク・タイムズ・マガジン”で3年間、編集者として、科学、出版、エンタテインメントの仕事をする。
 79年からカサブランカ・ポリグラム社で「フラッシュダンス」(83) などのディベロプメントを手掛け映画界で注目を浴び、クリエイティブ・アフェアーズ担当副社長になる。
 85年にオブスト・プロダクションを設立しクリス・コロンバスの監督第1作「ベビーシッター・アドベンチャー」(87) と「ハートブレイク・ホテル」(V・88) を続けて製作。ロビン・ウィリアムズのアカデミー主演賞候補作「フィッシャー・キング」(91) でプロデューサーとしての地位を確立する。
 女流作家ノラ・エフロンを監督デビューさせた「ディス・イズ・マイライフ」(92) とエフロンの第2作で大ヒットになった「めぐり逢えたら」(93) 、ミシェル・ファイファー主演「素晴らしき日」(96) 、サンドラ・ブロック主演「微笑みをもう一度」(98) と女性プロデューサーなればの感性で秀作を連発。92年にキャンペーンで来日している。
 99年2月から彼女の最初のTVミニ・シリーズ“The Sixties”がNBCで放映されるのが決まっている。
 著書に“Hello,He Lied:And Other Truths From the Hollywood Trenches”がありベストセラーになっている。彼女のハリウッドでの生き残り体験が書かれている。

  製作総指揮:ピーター・シンドラー
Peter Schindler

 UCLA卒業。助監督、プロダクション・マネージャーをへて、プロデューサーになる。
 ビリー・クリスタルの新作“My Giant”でも製作総指揮を取り、彼が製作・監督・主演した「ミスター・サタデー・ナイト」(92) の共同製作、「シティ・スリッカーズ2/黄金伝説を追え」(94) 「彼と彼女の第2章」(95) 、HBOのTVシリーズ“Sessions”(演出作もある) をプロデュースしコンビを組んできた。
 TVはシリーズ“Relativity”、ズウィックが製作総指揮の“Anything But Love”のほか“The Tracey Ullman Show”などをプロデュース。
 劇場映画はメル・ブルックスの「ロビン・フッド キング・オブ・タイツ」(93) 「レスリー・ニールセンのドラキュラ」(95) の製作総指揮を務めている。

撮影:

ロジャー・ディーキンズ
プロダクション・デザイナー: リリ−・キルバート
編集: スティーブン・ローゼンブラム
音楽: グレアム・レベル
衣裳デザイナ−: アン・ロス

TM and (c) Fox and its related entities. All rights reserved.