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| ボンド映画の歴史にオマージュを捧げる。 W記念作品に相応しく、過去19作品へのオマージュがいたる所に散りばめられている。ジンクスが海から上がるビキニ姿は、「007/ドクター・ノオ」のウルスラ・アンドレス(初代ボンド・ガール)を彷彿させ、ジンクスが捕らえられ、レーザー光線で命を狙われるシーンはまさに「ゴールドフィンガー」の再現。ホテルでのビデオの隠し撮りは、「ロシアより愛をこめて」。そして“Q”の工房には、「サンダーボール作戦」のジェット・パック、「ロシアより愛をこめて」のアタッシュケース、なぜか敵役のナイフ内蔵の靴など、過去に使われたガジェットが部屋中に飾ってあったりする。それ以外にも、たくさんのシーンでファンの心をくすぐる、“遊び”が登場する。 |
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| ボンドの生みの親 007シリーズのポスターに必ず入っている「イアン・フレミング原案ジェームズ・ボンド」という、イアン・フレミングとは? この世界で一番有名なスパイを小説の主人公として作り上げた作家である。 1908年5月28日イギリス、ロンドン生まれ。祖父はスコットランド系のロバート・フレミング銀行の設立者という裕福な家庭に生まれ、名門イートン校やサンドハースト陸軍士官学校などで学ぶ。 ロイター通信社や一族の銀行で働いた後、第2次世界大戦中は英国海軍の諜報機関で海軍中佐として活躍。戦争が終わった後、ジャマイカへ移住した彼は“ゴールデンアイ”という名の別荘に住み、そこで自分自身の経験を生かして英国諜報部のシークレット・エージェント、ジェームズ・ボンドを主人公にした小説「カジノ・ロワイヤル」を1953年に発表。“ジェームズ・ボンド”という名前には諸説があり、カリブの鳥類学者の名前からとったという物や、フレミング自身が諜報機関にいた時のコードネームだったというものなど。真偽は定かではない。 1962年に「ドクター・ノオ」が007第一作として映画化され、1964年8月12日「ゴールドフィンガー」公開直前に心臓発作で死亡。11年間に007シリーズ長編14作と短編5作を書き上げた。その他には、007シリーズの“Q”を思わせる発明家を主人公にした童話『チキ・チキ・バン・バン』などがある。 「黄金銃を持つ男」(74)で悪役のスカラマンガを演じたクリストファー・リーは親戚にあたる。 |
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| ボンドの育て親 <アルバート・R・ブロッコリ> (1909-1996) ジェームズ・ボンドというキャラクターを小説の中でつくりあげた生みの親がイアン・フレミングだとすると、プロデューサーのアルバート・ブロッコリは小説から映画の世界へ007の活躍を広げた育ての親といっていいだろう。 1909年4月5日米ニューヨーク州ニューヨーク市生まれ。カリフラワーをイタリアの菜の花の一種と交配してあのブロッコリを作ったといわれる人物を祖先に持つとか、彼の叔父パスカーレ・デ・チッコが19世紀末にブロッコリ(この場合イタリアン・ブロッコリ De Cicco Broccoliをさす)をアメリカへ広めたとかその苗字には諸説あり。“カビー”というニックネームで知られて愛された。 20世紀フォックスの助監督から映画界に入り、1953年映画プロデューサーとして製作を始める。もともとイアン・フレミングのスパイ小説のファンだったブロッコリは、ユナイテッド・アーティストを説得して、パートナーであるハリー・サルツマンとともに設立したイオン・プロダクションで007シリーズ第一作「ドクター・ノオ」を1962年に製作する。これが“最も稼いだシリーズ”としてギネス・ブックにも載るこの007シリーズの始まりとなった。 ブロッコリは16作目の「消されたライセンス」(89)で引退し、ピアース・ブロスナンが初登場そた17作目の「ゴールデンアイ」(95)の公開の後、1996年6月27日ビバリーヒルズの自宅で87歳で死亡。彼の死後、義理の息子のマイケル・ウィルソン(妻ダナ・ウィルソンの連れ子)と次女のバーバラ・ブロッコリがプロデューサーとして彼の意思を引き継いでいる。 ちなみに、007の著作権を持つダンジャック(Danjaq)という会社は、ブロッコリの妻ダナ(Dana)とハルツマンの妻だったジャクリーン(Jacqueline)の名前を合わせて名づけられた。 |
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| MI6とは? ジェ―ムズ・ボンドが所属するこのMI6は、Military Intelligence 6(軍事情報活動第6部)の略称で、海外での活動を中心とする英国国防省の秘密諜報機関である。これに対しMI5とは国内の活動をし、正式名称をSS(Seculity Service/国家保安局)という。 どちらも実在の機関だが、もちろん映画の中では誇張されている部分もある。 殺しのライセンスをもつ“00”ナンバーのエージェントのうちで、今までに映画の中に登場したり言及されたりした他のメンバーは、002(「黄金銃を持つ男」「リビング・デイライツ」)、003(「美しき獲物たち」)、004(「リビング・デイライツ」)、006(「ゴールデンアイ」)、008(「ゴールドフィンガー」「リビング・デイライツ」)、009(「オクトパシー」)などがいる。 |
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| 007シリーズの履歴書 殺しのライセンスをもつ英国秘密諜報部員、コードネームは007.華麗でスマートなスパイ、ジェームズ・ボンドは、米ソ両大国が対立する東西冷戦時代の1953年、イアン・フレミングが書いたスパイ・スリラー『カジノ・ロワイヤル』で誕生した。故ジョン・F・ケネディ大統領の愛読書と報じられたこともあって、原作シリーズは世界的なベストセラーを記録したが、ジェームズ・ボンドを文化的シンボルにまで押しあげたのは、もちろん、映画の力である。 いまから振り返れば、1962年、イギリスは、世界に向けて、時代を画する2つのヒーローを誕生させている。1つはビートルズであり、もう1つは言うまでも無く、“007”シリーズ映画化第1弾「007は殺しの番号」(リバイバル時タイトル「007/ドクター・ノオ」)のショーン・コネリー扮するジェームズ・ボンドである。映画の魅力を決定づけたのは、第2弾「007/危機一髪」(リバイバル時タイトル「007/ロシアより愛をこめて」)だったが、世界的なスケールの冒険、次々に繰り出されるアクション、奇想天外なまでの秘密兵器、“ボンド・ガール”と称される美女たち、ボンドのブランド・ファッションや趣味・嗜好のこだわりなどなど、「007の世界」としか呼びようのない、前代未聞のハイセンスで極上の不朽のエンタテイメントが確立され、映画が流行を生み、世界中にスパイ・ブームを巻き起こした。“007”シリーズが生まれなければ、「ミッション:インポッシブル」も「オースティン・パワーズ」も「トリプルX」も存在しなかったといっても過言ではない。スパイ・アクション・アドベンチャー映画の原点であり、頂点を極め続ける娯楽超大作、それが“007”シリーズである。 |
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