ジャック・バウアー(キーファー・サザーランド)が中国政府に拉致されてから2年後。全米11都市で自爆テロが発生し、事態を収拾できない米国政府は手をこまねいていた。そんな折、テロ首謀者であるアサドの情報を教えてもいい、という連絡がファイエドなる男から入る。ただし、ファイエドは交換条件としてジャックを要求。ジャックはテロ制圧の“生け贄”となるために戻ってくる――。
唯一アメリカを救える男、ジャックを演じるのは、もちろんキーファー・サザーランド。拷問の跡も痛々しい、苦悩をすべて背負い込みながら闘う男を熱演。今回からは製作総指揮にも名を連ね、いつにも増して心に響く演技を披露している。
監督のジョン・カサーいわく「これまでのような展開はこれで終わり。シーズンVIIからはまったく新しいものになる」らしい。そんなテレビドラマという固定概念をあらゆる意味で変えた、緊迫感に満ち満ちたリアルな1日=24時間を心ゆくまで楽しんでほしい。
やっぱり一番大切で基になるのはストーリーだと思う。脚本家たちは、つねに世の中のニュースや政治に関心を持ちアンテナを張り巡らして描いている。いま現実に起きていることが「24」のどこかしらに反映されているから、シーズンを重ねてもテンションが落ちることはないね。
僕はつねにオーディエンスの1人になった気持ちでいる。そうすることによって観る人がこう思うだろう、といったことの裏をかく。「24」のファンも年々、簡単にはだまされなくなってきているので(笑)、そのまた裏の裏を読むことによって、番組自体の緊迫感も自分の緊迫感も保てるんだ。
ジャック・バウアーは1人の人間というだけではなく、アメリカの希望を体現しているのじゃないかと思う。もちろん、実際の世の中にはジャックのように戦える人間はいないけれども、“こうありたい”というみんなの思いが1人の人間になっている、と思う。
ジャックをはじめキャラクター作りには、人間らしさやその人の考え方を重視している。たとえば、シーズンVのローガンがニクソンに似ていると言われたけど、誰か1人をモデルにしているわけではなく、何人かの実在の政治家たちの要素を集めて出来上がる場合が多い。
「24」が他のテレビ・ドラマと決定的に違うのは、リアルタイム・ドラマであるということと、シーズンごとにキャストをほとんど一新してしまうところだ。そのために人を殺しすぎるとも言われるけど、つねにキャストを変えていくことで新しいドラマが生まれることがマンネリ化を防いでいるんだと思うよ。
ジャックのような1日を生き延びられる人は滅多にいないわけで、「24」で僕らが提示したいのは、問題にブチ当たり容易な解決策がない場合どうするか?と、みんなが考えてくれる感情のリアルさなんだ。
